虚ろな眼差し
ペンネーム:うどんさん
もうすいぶん前、私が独身のころの話だ。当時、勤めていた会社の同僚と恋仲になった。最初のうちは楽しくてしょうがなかったのだが、私の仕事が忙しくなってくると、彼女に時間を割くこともできなくなっていき、次第に疎遠になっていった。
仕事が忙しくなる前は、実家の母に会わせるぐらい仲がよかったのだが、仕事が充実してくると、彼女と連絡を取るのが次第に億劫になっていき、私の方から別れを切り出した。当然、彼女は怒った。あとは泥沼……。しばらくは、職場で彼女と顔を合わせるたびに、気まずい雰囲気が漂った。
そんな日が何日か続いた。ある日のことだった、彼女が出社してなかった。私が同僚にどうしたのか聞くと、何でも体調を崩して入院したらしい。私は何とも言えない気持ちになった。もしかしたら、私が精神的に追いつめたのかも知れないと、どこかでそう思っていたのだろう。
仕事が終わり、実家に帰ると、母が出てきて、
「あら? 一人? 駅に○○ちゃん(彼女の名前)来てたわよ。あなたを待ってたんじゃないの?」
「え、何言ってるんだよ。あいつは入院してるよ」
「ええ? だって、駅で見かけたわよ。声をかけようとしたけど、どっかに歩いていっちゃって……」
そんなはずはない、私は慌てて駅に向かった。
駅は帰宅ラッシュのサラリーマンでごった返していた。私がいつも乗っている電車の改札口へ向かう。いない。サラリーマンの肩が私にぶつかった。やっぱり、母の気のせいだったんだな。どこかホッとした。まさか、病院を抜け出してきたのではないか? という考えが頭をよぎっていたからだった。
「よかった……」
ホッとして、家に帰ろうと振り返ったときだった。
「○○……?」
彼女がボーっと立っていた。いつもの通りのスーツ姿で、虚ろな視線を改札口の方に向けて、私を待っている……? このとき私は始めて、女性に戦慄を覚えた。言いようのない恐怖、生気のない眼差しをただ、改札に投げかけているだけ。私は彼女に声もかけず、その場を去った。
翌日、やはり彼女は出社していなかった。私は同僚に昨日見たことを話してみた。同僚はそんなはずはないと言った。なぜなら、その時間に同僚が彼女の元に見舞いに行ったからだということだった。じゃあ、私が見たのは?
それからも、彼女は一週間、駅に現れ続けた。しかし、だからと言って危害を加える訳でも、話しかけてくる訳でもなかった。ただ、虚ろな表情で改札を眺めているだけ。きっと、あれが生霊という奴なのかもしれない。
そして、しばらくして、彼女は一度も出社せずにそのまま、体調不良を理由に会社をやめた。あれから、数十年たつが今でもあの光景が頭を離れない。
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