電車の中で……
ペンネーム:おばちゃんさん
母方の伯母が体調を崩し、入院先の病院に、お見舞いに行った帰りの出来事です。その日は、子供も連れてお見舞いに行きました。
病院を出ると空は暗く、ポツポツと小雨が降り出していました。駅のホームに着き、電車が入って来ました。ドアが開き――乗客が降りて来ます。
私は子供とドアの左側に避けました。すると、先程まで気が付かなかったのですが、ドアの右側に、初老の男性が立っています。やはり、私達と同じように乗客が降りるのをジッとたたずんで待っているのです。私はなぜか、その老人が気に掛かり、様子を伺ってしまいました。
頭には西洋帽子を被っていて、そのせいで顔は良く見えません。スーツを着ていて身なりはビシッとしていましたが、腰が悪いのでしょうか?腰を少し曲げており、手には杖だけを持っていました。
その内、乗客もほとんど降りたので、私達は車内に乗り込みました。車内は幸いガラガラで、私達はすぐに座ることが出来ました。私達がすでに席に腰掛けているときに、その老人は杖を突きながらまだ、車内をゆっくりと歩いています。そして、私達とは電車のドアを挟んで、隣の座席に座りました。これ以上、様子を見るのも悪いと思い、私は車内の広告に視線をそらしました。
すると、子供が伯母の病状の話を始めたので、視線を子供の方に向けます。そうすると、自然とあの老人も視界に入る――居ない?私は子供が話をしているのを、そっちのけで隣の座席を凝視しました。私がその老人から目をそらしてから、まだ、何秒かしか経っていません。それなのに、あの老人は、最初からそこに居なかったかのように、跡形も無く消えているのです。
最初は電車を降りたのかと思いましたが、ドアの付近に人が居れば、広告を眺めていた私が気付かないはずがありません。じゃあ、車両を移ったのかと思いましたが、あの老人が歩けば杖の音が響く筈です。私は子供に、
「隣の席に座っていたお爺さん、どこかに行った?」
と尋ねると、
「あれ!?ほんとだ!何処行ったんだろう?」
と驚いていました。今思うと、最初からおかしかったのです。外は雨だと言うのに傘を持たず、スーツには水滴一つ付いていなかったのですから……
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