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微笑
ペンネーム:フラワーさん
横断歩道には、たくさんの人がひしめきあっていました。忙しなく電話をかけているサラリーマンやデパートの紙袋をさげた主婦などが歩く、横断歩道の対岸に一風変わった男が立っています。険しい表情を作っている中年の男の髪型は、さっぱりとしたスポーツ刈り。
余程背が高いのか、雑踏の中、頭ひとつ分、突き抜けています。顔色は深いグレー。さながら白黒フィルムの映画を見ているかのように、彼の肌に色はありませんでした。
その日は、まさに雲ひとつない青空だったため、横断歩道を歩く人々の顔色は、明るく活気のあるものでした。そんな中にたったひとり、亡霊のような顔色した男の存在は、妙に気にかかりました。母に手を引かれて幼い私はゆっくりと、白と黒のボーダーラインを渡ります。
向こうからも男がやってきて、はっとしました。
首から下がない!
本来身体があるべき場所には、向こう側のショーウインドウがはっきりと見えます。背が高いと思ったのは勘違いでした。ただ単に男の首の位置が、普通の人の頭の位置より高いところにあるだけだったのです。
私は思わず母の手を強く握ったのを覚えています。行きたくない。あの男に近づきたくない。このまま真っ直ぐ歩けば、私はあの男の傍らを通ることになります。母を見上げ、何か言わなくてはと、焦りました。
しかし、言うべき言葉も見当たらず――何か言ったとしても母は訝しるだけで、おそらく何もしなかったでしょうが――私は口を鯉のようにぱくつかせるだけでした。そうこうしている内に、生首は着実に近づいてきます。幼心に、見てはいけない者だと直感が告げていました。
私は視線を下げ、そのまま男をやり過ごすことにしました。ただ黙々と、アスファルトの黒い地面と、等間隔に現れる白いラインを一心に見つめます。突然、身体の右半身を凍てつくような風がなで回しました。頭上から殺気に満ちた視線に射抜かれるのを感じます。
全身が粟立つという経験をしたのは、この日が初めてでした。まさにつま先から頭の先、髪の毛までも逆立つような感覚を、まざまざと感じます。――と、男の気配が急速に下がってくるのを感じます。そう、生首が私の視線の高さまで降りてきたのです。
アスファルトに生首の丸い影がボーっと浮いています。視線の端に男の無精髭の目立つ口元が、見えます。心臓は早鐘を打っており、直視してはいけないと、心のどこかで思っていたのですが、私は堪えきれなかったのです。視線だけを右へずらすと、男と目が合いました。
しばし、男とにらみ合いが続き、そして彼は何を思ったのか、にーっと口角を上げました。もちろん、生首の狂気に満ちた瞳は、すこしも笑みを含んでいませんでした。いまでもこの出来事を思い出すと、寒気が止まりません。男は何を訴えていたのでしょう。あとになって知ったことですが、この横断歩道のすぐそばには、処刑場跡があるのだそうです。
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