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対岸の女

ペンネーム:そらさん


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私が家族旅行に行ったときに体験したお話です。ある閑静な県道に差しかかったとき、主人がおもむろに車を止めました。その県道は片道一車線の狭い道です。右手には、県道に沿うように川が流れています。川幅はありましたが、底は浅く、一見すると子供が遊びまわれるかなと思えましたが、水の流れが速いため危険そうでした。その川の向こうは山になっていて、登ることはできません。静かで何とも落ち着いた雰囲気のある場所だったのですが、なぜか私にはその静けさが身を脅かすようで、不気味でした。

「何で止めたの?」
私が主人に問うと、
「近づいてみようよ。川に」
とほがらかに言うのです。その主人の言葉に、後部座席に座っている子供も、
「行こう、行こう」
とはしゃいでいました。

私はなぜかこの場所が嫌でしたので、本当であればさっさとこの場をあとにしたかったのですが、何もないのにそんなことを言うのも水を差すと思いましたので、主人の言葉に従いました。主人と子供は早速、道を渡って川の方へ近づいていきます。県道と川の高低差は、結構大きかったので、近づくとは言ってもそれほど川のそばへ寄れるわけではありませんでしたが。

――と、どこからか視線を感じました。まるで身を射抜くような、鋭い視線。私は主人たちから眼を離し、辺りを見渡すと、女性がひとりポツンと立っています。どこからやって来たのでしょうか。川の対岸に全身グレーのヴェールを被ったような女性がこちらをじっとみつめています。ややうつむいていたため顔ははっきりとは見えません。髪形はセミロングで肩の辺りに揃えています。そこまでは、良かったのですが、私が違和感を覚えたのはその服装でした。

いまどき珍しい古めかしい服装をしているのです。昭和中期を題材にしたドラマや映画がありますが、そのドラマに登場する人物のような懐かしい雰囲気の服装。どうやらその女性は、主人や子供よりも私の様子を伺っているようです。
気持悪い。そう思いました。
古めかしい服装だったこともありましたが、あんなに露骨に自分を眺めてくる不躾な視線が、気味悪く思ったのです。しばらくは、私も見るともなく彼女を見ていたのですが、『それ』に気づいた瞬間、全身に鳥肌が立ちました。

川の対岸は山になっていて、急勾配が続いています。急勾配というよりは、むしろ崖に近いのです。当然、道などないのです。とても人が立てるような場所ではないのに、その女は平然とそこに立ち、私へ視線を投げかけてくるのです。その事実に気づいた途端、その女が別人のように思えました。全身の血が引いていくのを肌で感じます。

私は主人と子供に声をかけると、
「もう日が暮れるから、そろそろ行こう」
と提案しました。幽霊のことは伏せて置きました。
二人は遊び足りたのか、または川に近づけないので諦めたのか、
「うん、行こうか」
と応じてくれました。

私は胸をなで下ろしました。仮に川へ降りようと言ったらどうしようかと思っていたのです。あの女性のそばへ近づくのは、危ないと直感が告げていました。二人が車へ乗るときに、例の女性を顧みると、ややこちらへ近づいてきているようです。
まずい。こっちへ来ている。
背中に妙な汗が伝いました。その女性が近づいてきて気づいたのですが、両手をお腹に添えているようです。そういえば、薄っすらとですが、お腹が服を押しあげています。

私も車に乗り込み、二人に何も持って帰ってはいけない。拾ったものは捨ててほしいと告げました。幸い二人とも何も持って来ていなかったので、車は緩やかに進んでいきました。ふとうしろを振りかえると、すでにあのグレーの女性は跡形もなく消えていました。
よかった。追いつかれなかった。
安堵し、前を見ると景色がどんどんうしろへ下っていきます。

ふと目に入ったサイドミラーを見ると、あのグレーの女性が私たちが車を止めていた場所に立っています。さもうれしそうに笑いかけながら、おいでおいでと手招きをくり返しています。すでに女性は私たちに追いついていたのです。

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