生霊
ペンネーム:本妻さん
ある日から夫の様子がおかしくなった。急に脱力感に襲われてしまったようで、家に帰ってくるとボーっとするようになった。私が何を話しかけても上の空、そのくせ、あまり寝ない、悪循環だ。もしかしたら、これがうつ病なのかもしれないと、私は言い知れぬ恐怖に苛まれた。
数日後、夫が家に帰ってきた。ものも言わず自室に閉じこもる。最近ではいつものことと、私も割り切っていた。しばらくして、私は夕食を告げに、夫の自室へと向かった。
――と、様子がおかしい。夫はなにやらひとりでブツブツつぶやいているらしい。ときおり、笑っているようだ。私は電話でもしているのかと思ったので、そっと部屋の中を覗いてみた。
夫は机に突っ伏している。
(なんだ、寝てたのか、寝言だったのか)
私が安堵し、部屋の中へ入って、夫を起こそうと近寄り気がついた。夫の背になにやら白い布みたいなものが、覆いかぶさっている。何だろう? 私がそれをどけようとして、驚いた。
それは、女だったのだ。もちろん、人間ではない。白っぽい服を着て、長い長い黒髪を振り乱し、顔を隠している。しかし、その合間から覗く目は不気味にこちらを睨んでいた。口元には笑みを浮かべ、全体が白く透き通るようなのに、口の中だけは血で染まったように、真っ赤になっていた。夫は、それに気づいていないのだろう。目を開けながらブツブツなにか言っている。それから、私は毎日その女が、夫に覆いかぶさって笑っているのを見た。日が経つにつれ、だんだんと線が濃くなっていく。姿がハッキリ見えてきて、口元から血が滴っている。髪は逆立って、風もないのに揺れている。
このとき、なんの根拠もなかったが、なぜかこの女は私に敵意を向けているようなそんな気がした。私が夫に近づくたびに女は笑いながら睨む。拒絶、嫉妬? そんな感情が伝わってくるようだった。
私は、なんでもない大丈夫だと言う夫を説得して、引越しをした。それからそれは見なくなり、夫も正気に戻った。あとからわかったのだが、夫はそのとき浮気をしていたのだ。夫は大変怖かったようだ。私が伝えた女の特徴が、自分の浮気相手そっくりだったから……
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